あかりの森's blog

子供に「育てられてるシングルかーちゃん」の雑記帳です。6歳園児(がんばれ、もうすぐ一年生)の長男、へこたれない(決して兄の圧力に屈しない)次男2歳との賑やかな毎日。主にのほほん、時々、真面目。

「物(技術)」を買うのでなく、「人」を買うという事。

 とても残念な事がありました。

 一つは、前年の秋口に苦労して治療した奥歯の虫歯がぶり返したという悲報です。近所と言う理由からお世話になった歯医者でした。手が足りていないのか、それともそれは繁盛という裏返しであるのか、予約した患者であるのに、常に待合室で長時間待たされる歯科医院でした。男性医師が御一人と、その奥様らしき古株の歯科衛生士が御一人、それからアルバイトか新人助手の方が入れ替わり御一人ずつの小規模医院です。

 診療中、治療中、患者と医師とのやり取りで、信頼関係、不信感は生じるモノと思うのですが、私は何となくお医者様と噛み合わない物を感じながら治療を終了しました。結果論でしかないのですが、セカンドオピニオンでやはり従来通っていた歯科医院に、本日お世話になる事になりました。歯は、一度削ってしまうと様々な要因で本来の強靭さを損なう為、虫歯の再発はよくある事例です。ただ、前回の処置が甘かった為の再発であったのでガッカリしました。今日、治療していただけた先生は実に手際の良い女医です。勿体付けてモタモタと治療をしていた前回の男性医師の顔を、私は診察台の上で悲しく思い出しておりました。

 今、麻酔が切れて来ておりますので、患部はジンジンと痛んでおります。それでも、その痛みは「納得出来る痛み」であります。これで症状が改善するのだという希望の内に感じる痛みは、耐えられるのが不思議です。

 残念な事のもう一つは、贔屓にしている街のパン屋におけるものです。最寄り駅の線路沿いに看板を出す個人経営のお店です。ムッシュ・イワンで修行をされたオーナーシェフと女性店員が御一人(恐らく奥様でしょう)、それから厨房には何人かの若い女性スタッフが忙しく働いています。午前中11時に開店し、昼に2時間のインターバルを挟み、一時シャッターを下し、再び15時からの開店で19時までの営業です。しかしながら、大変な繁盛店の為、閉店まで予約以外のパンが売れ残っていた事はありません。ここの食パンは息子達も大好きなので、朝食には欠かせないのです。朝食の「生命線」と表現しても過言ではありません。

 ですが、私はこの、売り場を取り仕切る奥様のお人柄が苦手なのです。理由は伏せますが、たかだか会計の折に2,3言、言葉のやり取りをするだけの間柄に過ぎないのに、です。

 人が人の中で生活をする限り、ジレンマは発生するようです。

 

 

   (1000文字雑記)

散文(覚え書き) 弥生

 私と子供達だけの生活も、丸4カ月です。

 2月末に今までの仕事を退職し、3月1日より新しい職場に入りました。

 1月から通い始めた茶道教室は、私用でお休みする事もありますが、楽しくお稽古をさせていただいています。

 一週間前、お茶の先生が、お庭に植えていらっしゃる紅白の沈丁花を、一つかみの花束にして、私に下さいました。ジュースの空き瓶に活けて、北向きの台所の窓辺に置きました。朝夕に水を替えていましたら、芳しい香りと共に、小さな花がほころびました。可愛らしい星のような、淡い色あいの金平糖のような、一粒一粒の花がきちんと「花」の形を象っていく度、台所中が、匂い袋みたいに春の香りで満たされていきます。

 長男が去年の11月に6歳を迎え、今年の3月に卒園し、翌月の4月には新一年生になります。母親一人の世帯で忙しくしている為、記念日らしい記念日も満足に祝ってやれなかったですけれど、せめて4月の晴れの日には、3人で写真でも撮ろうと思います。

 2歳の弟は2月に誕生日でしたけれど、そう言えば、彼の2歳の誕生日の写真もありませんので、これもついで、と言っては可哀相ですが、兄と一緒に記念を残してやりたいものです。

 独り親でも、持ち家が欲しくて物件探しは続けています。情熱は変わりませんが、探す地域や、主旨や、興味が徐々に私の中で変化しつつあります。子供達はいずれ私の手元を離れるでしょうから、老い先の短い私の住処を果たしてどこに定めたものやら、などと言う事もあやふやではなく、考えるようになりました。

 金銭の余裕、心の余裕、体力の余裕、労働条件の余裕、そのようなものは元々望むべくもないのですが、子供達が日に日に大きく、逞しく、また男らしく成長していくにつれ、想いを馳せないといけない事、それにあわせて起さないといけない行動は違ってきます。かけるべき言葉の質も違って来るでしょうし、用意すべき準備物も違って来るでしょう。だけれども、朝起きて「おはよう」と声をかけるトーン、自宅以外へ送り出す時のお別れの抱擁、そうして彼等が再び私の元へ還って来た時の出迎えの笑顔は、たぶん、私はずっと変えないままなのだろうと思いました。

 終わる日の事を想像しながら身仕舞をするのも楽しいです。

 終わる日の事を想定しながらきちんと「始めたい」のも、私の心情です。

 終わりを丁寧にしたければ、始まりも心をこめて丁寧に。

恩寵

 八つ当たりをしている人は、本当は自分が泣き出したいくらい辛い人なのではないかと思い至りました。結局、泣いてしまえば、いくらか楽になるのでしょうけれど、泣き出すタイミングやきっかけがなくて、パンパンに膨れあがった重いお腹を抱えて右往左往せざるを得ないのです。体中に静電気が帯電してしまったような、不安定で痛々しい状態なのでしょう。細い針で、プツンと薄皮の一枚に穴を空けられてしまったが最後、止めどなく吹き出す憤懣や怒りや鬱屈に、髪の毛を引きずり回されて、くたくたに疲れ果てるまで踊り狂わされます。

 目が覚めて、自分が引き起こしてしまった取り返しのつかない惨状に、ただ呆然とし、押し寄せてくる後悔に、両頬を殴り飛ばされる気持ち。

 私は、昨日、長男に、みじめったらしい八つ当たりをしました。懺悔をすれば、贖罪になるというのは、正解でもあり、時に不正解でもあります。擦り傷に、微細な砂をなすりつけられたような苦々しい後悔の念が、一晩寝てもぬぐい去ることは出来ませんでした。声を荒げる母を、彼はどんな恐れの目で見上げていたかと思うと、自分自身の顔面を切り刻みたいような衝動を覚えます。

 私が守らなければならない人を、私の刃で傷つけてしまいました。私は「母」の皮を被った「畜生」かも知れません。子供達を萎縮させている私の怒りの姿は、亡者を連れ戻しにきた鬼のようであった事でしょう。

 それでも、こんな女でも、次の朝の台所で息子達は私の膝元にすがりついて「お母さん、大好き、ぎゅっ!」などと、とぼけた笑顔のままはしゃいでいるのです。自身を制御できず、低い場所、弱い人を見つけて姑息に自分を解き放った鬼のような母に対して、彼等は何のてらいもない親愛の情を見せつけてくるのです。

 これが、私のような鬼畜から生まれてきた子達でしょうか。

 これが、私のような気狂いから生まれてきた子達でしょうか。

 神様は何という残酷な事を、平気でなさるのだろうと思いました。

 申し訳なくて、恐れ多いほどに有り難くて、もったいなくて、心が押し潰されそうになりました。

 わずかな物煩いで簡単に崩れてしまう母の輪郭を、幼い人達は必死になって細い糸で繕ってくれるのです。ほどけてほつれてしまう母のやせ我慢を、出せるだけの知恵を絞って息子達は慰めてくれます。

 この子達を、死にもの狂いで守らねば、と、一度折った膝を立て直します。

 母ですから。

 

 

 (1000文字雑記)

夢を食べる。

 子供の頃に憧れたのは、自分の大好物が山のように積まれた風景です。心躍る物が、視界を埋め尽くす、それに興奮するとは実にいとけないというか、無垢というか、他愛のないものですね。けれども、子供にとっては結構本気で叶えたいような夢であったり、譲れない願望であったりするわけです。

 私の子供達は果物が大好きです。バナナ、蜜柑、キウイフルーツ、葡萄、林檎、梨、パイナップル、柿、凡そ果物であれば、こちらが出すだけ手を伸ばして来ます。特にこれから初夏にかけて楽しめるのは苺でしょうか。紅くて、ふくよかで、愛らしい、実に食欲をそそられる果物です。

 苺の香りには、人を幸せにする成分が含まれています。果肉を噛みきった時に、甘い汁と共に、溢れ出した幸せの雫が、パッと胸をかけ巡ります。大人でさえそうなのですから、苺の誘惑に幼い人達が抗えるわけがありません。食後である事を忘れるような食い付きで、盛り付けられた苺を貪ります。

 本来、苺の旬は麦の芽が伸び育つ初夏の頃です。ハウス栽培や品種改良、外国からの輸入で年中手に入る苺ですが、小売価格がお手頃になり始めるのは、やはり今くらいからでしょうか。それで、母は、ちょっと奮発しまして、近場のスーパーマーケットで2パックの苺を購入しました。自宅の冷蔵庫には、前の日の残りが半パックある中で、です。

 洋菓子店でショートケーキを買えば500円はするでしょうか。この頃の苺のパックも1パックはそれくらいでしょう。ケーキを2ポーション買ったと思えば、大粒のとちおとめ計18個も遜色ありません。

 その全部を、水洗いし、食べやすいように縦1/4カットにして、山盛りにして昨日の夕食後、食卓に出してみました。通常サイズのラーメン鉢に、ツヤツヤと輝く紅い苺が、文字通りてんこ盛りです。

 子供達は大喜びで歓声を上げました。いつもはもったいつけて小皿へお上品に飾られて出て来る大好きな苺が、ラーメン鉢の縁から零れんばかりに盛り付けられて目の前で小山を作っているのです。漫画の世界のような、いささか冗談めいた出来事に、子供の心は素直に反応するものなのです。6歳児と1歳児(もうすぐ2歳)は、リスのように頬を膨らませ、紅く輝く苺の山を食い始めます。掴んでは食べ、食べては掴み、それはそれはお腹がパンパンになるまで頬張りました。

 普段、彼等に寂しい想いをさせている母よりのささやかな罪滅ぼしなのでした。

 

 

 (1000文字雑記)

東京の「地面」を買いましょう。

 家を買います。土地付き平屋を、私名義で買います。

 東京に家を建てるというのは、簡単な事ではありません。東京に限らず、我が城を手に入れるのは、100円ショップで紙皿を買うのとは訳が違います。

 今日、昼間、生まれて初めて不動産購入目的でいわゆる「不動産屋さん」に出向きました。予約していた物件の下見をした後、差し出された書類に記載された金額を、私は案の定、二度見しました。都会の地価は、末尾のゼロが多過ぎます。いつか、有名大物司会者がテレビCMで「普通の人が普通に働いて」家を建てるのが理想云々の内容を謳い文句にしてあるものがありました。さて、その「普通の人」の定義たるや、いかようなものか、その「普通に働いて」とは、どの程度の世界での労働であるものか、と苦笑いしたくなるなどしました。

 私が賃貸ではなく、家を持とうと思い始めたのは、やはり子供の存在が大きいです。それから、田舎に残して来た母が、いよいよ次期当主である私の弟(彼女からすれば長男)に家督を譲るべく本腰を入れ始めた事もきっかけにはなりました。

 私の中では、マンションは他人様と共同で「空間」を購入する、という感覚です。隣同士に連続して広がった長屋を、天へと積み上げ建設したのがマンションのイメージです。一方、一戸建ては、地面そのものを買うイメージで、上に乗っている「家=箱」は、場合によっていじる事が出来るシェルターみたいな物と言えます。

 私は別段、資産家の娘というのではありません。実家には、他所に誇れる由緒もありませんし、家系は代々の水飲み百姓です。農地改革で払い下げられた田畑が少しと、狭い村の中にひっそりと収まった5LDKのごく一般的な持ち家があるだけです(都会の方からすればそれでも羨ましい内容かも知れませんが、田舎の5LDKなどは、まさに最底辺の「ウサギ小屋」レベルです)。しかもその相続はこのご時世にあって一切を「長男」がしますから、女は端から相続の頭かずには入りません。ですから、本当に一からの家探しになります。

 全くの裸一貫からと言えば大袈裟ですが、子供を抱えて女手一つでどこまでやれるか(あるいは、見通しを立てた後、諦めるか)は解りません。私の勇み足になる可能性の方が高いです。それでも、高望みの夢は、溜息を吐きつつ見るよりも欲張って笑いながら描く事にします。

 遠くに眺める夢こそは、無邪気で良いと思います。

 

 

 (1000文字ブログ)

習い事、社交界始め。

 先日ついに、表千家の茶道を習い始めました。先生は、自宅に茶室を構える大豪邸の奥様で、すでにお孫さんもいらっしゃるとの事ですが、まだまだお若い貴婦人です。

 およそ10年さかのぼり、私が学生であった頃、実家近くの茶道教室に通っていました。指導して下さっていたのは、社中に大勢のお弟子さんを抱えるおばあちゃま先生で、やはりご自宅の一室を茶室にし、同時に華道教室もお持ちのパワフルな方でした。東京に嫁ぎ、それを機にしばらくお茶からは遠ざかっていましたが、心ときめくものがあり、昔の杵柄を取ってみたくなりました。

 私を迎え入れて下さった先生は、曰く「堅苦しい事と理不尽な事が大嫌い」とおっしゃる明るい方でした。しきたり、伝統、奥ゆかしさ、古色然としたもの、お茶の世界とは一般にはそうした様々が混然となった敷居の高いものと認識されているかも知れません。暇を持て余した趣味人が社交の場として通うもの、と煙たがる人もいることでしょう。しかしながら、武家の貴人、商家のご子息が手習いに出向いていた時代は遙か昔です。決して遠巻きに眺めてため息を吐くだけの世界でないのは、一般庶民でシングルマザーの私が安月給をやりくりしながら、始めようと決心したのを鑑みれば解る事でしょう。

 一橋大学がある町の一等地に居を構えるその茶道教室に、最初にお邪魔したのは年が改まった後の初釜の日でした。いきなりのお稽古始めに初釜(はつがま。新年最初に行われる稽古始めの日。茶道で重要視される稽古日の一つ)から入る恐れ多さ。先生が教えてらっしゃる現役の生徒さんは私の他に3人で、年齢が上の方ばかりでした。それぞれに趣向あるお着物姿で名のある帯をお召しになって、整えられた居住まいにて定刻よりも先んじて待合に集っていらっしゃいました。子供達を保育園に自転車で送り届けた後、ジーパン姿で刻限ギリギリに遅れ参じた私の乱れ姿とは、比べるのも馬鹿馬鹿しいお話です(勿論、先生のお宅に到着次第、別室で洋装の平服に着替えるつもりではありましたが)。その際立つ白鳥の群の中のお一人が、暗に私を評しておっしゃったのか、くっきりと紅が塗られた口を歪めて一言。「私、遅刻してくる人の神経が信じられない」。確かにギリギリではありましたが、私は遅刻していないので別の話題についてのコメントだったのでしょう。が、その場に微妙な空気が流れました。

 新たな年に手痛いパンチ。

 

冬を纏う子

 古びた物、ひなびた物に愛着を覚える私ですので、和室がある物件を探して、なおかつ賃貸料も考慮して今の住処にたどり着きました。木造2階建てのアパートの2階角部屋です。内装はリフォームされていて、お風呂とトイレも別、昔風の間取りはそのままに各部屋にはガラス窓があります(トイレ、浴室、脱衣所にも)。

 大家さんには言いにくいですが、壁は薄く、雨戸を閉め切れば、かすかな隙間から外光が漏れてくる安普請です。早朝に寝室の室温計を見ると、外気温より3度ほど高いだけで、ここ最近は毎朝一桁台の室温しかありません。言うに及ばず、北向きの台所に至っては、明かり取りの大きな窓が北と西に開かれているせいか、体感温度は更に下がります。昨日は給湯器が凍り付き、朝から湯が出ませんでした。チョロチョロと申し訳程度に蛇口からしたたり落ちる凍えるような水で炊事をするのは難事業で、思わず笑ってしまいました。冬の厳しさが、しんしんと身に染みる朝夕に、今から春が待ち遠しい我が家なのでした。

 そんな過酷な状況の中、まず長男が良くない咳をするようになりました。喉が冷えているのだと思います。そこで、私のマフラーを譲ることにしました。しかし、困った事に子供は体にあれこれ巻かれたり、付けられたりするのを嫌がります。大人がよかれと思って着せようものなら躍起になって手強く逃げ回ります。防寒の利点を伝えてもそれはこちらの都合ですものね。身動きが鈍るような装備は、子供には鬱陶しいに違いありません。

 ようよう彼を説き伏せて私のお下がりマフラーを巻いたのですが、窮屈になった首元に息子は不満顔でした。元々そのマフラーは私にとってもお下がりでした。母が香典を差し上げた親戚から、返礼の為に送られた物だったと思います。バーバリーのカシミヤ製で、毛羽は気にならない滑らかな品ですが、彼にとって迷惑であるのには変わりません。

 丸い顔にマフラー姿は、彼を見つめる私にとって、その時、とても新鮮でした。首へ巻物をしている彼の姿が、急に大人びて見えたのです。

 マフラーを巻くような「首」があるんだな、と、おかしくなりました。赤ちゃんの頃には、たっぷりした頬の肉と、むっちりした肩の肉に埋もれて「首」がいったいどこにあるかなど解らなかったというのに。

 居心地が悪そうな長男のマフラー姿に、妙な感慨を覚えた母です。子供のくせに、もう子供じゃない、不思議な生き物。

ゆらゆらと、ふるえ。

 全く、容赦のないものなのです。子供達の成長スピードというものは、大人がのんびりと構えている間にドンドン加速度が付いていくのですから手に負えません。

 アッと言う間に湯が冷めてしまう様な寒々とした浴室で、小さな湯船に私と、2人の息子達と、弁当箱に詰められた手毬寿司のように膝を抱えながら毎日風呂を使います。毎日の事なのですから、当然、息子達のむき身を毎度眺めるわけですが、私は自分でも呆れるほど、何度も彼等の成長を痛い程に実感させられています。女の子とは違う、何もかもがクッキリとした直線で描かれた息子達。6歳には6歳なりの色濃いもの、もうすぐ2歳を迎える人には、丸いけれども力強さの宿った筋肉の張りが、すでにきちんとあるのです。タイル張りの浴室に反響する笑い声にも、鏡に弾かれた陽の光が乱反射するような煌びやかさがあります。頭からシャワーを浴びせれば、逞しい猟犬のように身震いします。甘ったるく母親に媚びを売る時にさえ、開かれた眉は凛々しく、笑顔を浮べる頬はなだらかに涼しい。

 母は、時々、愚かな程、何も出来ずに呆けるしかないのですよね。これは我が子でなくても、例えば、公園で遊ぶ同い年くらいの子供達へも、私は強い憧れと、少しばかりの胸の痛みと、引き込まれるような魅力を感じずにはいられません。子供という事実はそれだけで、不可侵の特権を与えられているのでしょうか。持って生まれた弱さも、脆い自制心も、儚い肉体も、これらが内包する透き通るような心も、全部が余すところなく「作られた」ものでなく、超常的な何者かから「与えられた」ものであると思う他ないくらいに、子供はそれだけで「完成形」なのだと、思う事があります。

 ついさっきまで、生き死にの最前線で命を繋いでいた、まさしく生まれたての人達に、どうにも大人は感情を鷲掴みにされないではいられないようなのです。未熟で稚拙で、我慢も利かない、融通も利かない、どうしようもない存在であるにも関わらず、私達はそんな暴君達を、ひたぶるに愛おしいと思ってしまいます。私達の庇護なしには、明日をも生きられない、小さな王様達。

 チャプチャプと、ぬるい湯の中で、他愛ない遊びを繰り返す兄と弟は、狭い湯船に膝を抱いて彼等を見守る母を何と思って見ているのでしょうか。

 湯気に湿った細い髪を白い額に貼り付かせ、幼い人が見上げます。そのツヤツヤとした黒い瞳に私を映して。

 

 

 (1000文字雑記)

 

 

「点」を置く。

 「あるがまま」を受け入れ、現状へ自分の感情を馴染ませるのに、随分時間がかかりました。まだ不安定で、核の部分も落ち着かず、出来たての小惑星のように私は今でもグツグツと揺らぎ動いています。

 二人の幼子を連れて、家を出る決意をしたのが去年の十月でした。独り親になる覚悟が出来ていたのではなく、その時点ではただただやり場のない想いを解き放ちたくてカッとなっていただけでした。混乱する自分の気持ちをなだめる為、何をすれば良いか、全く想像もつきませんでした。ともすれば堪らない焦燥感に引きずられ、叫び出しそうになる心をどうすればいなす事が出来るのか、分からずに泣いていました。ひたすら親に従うしか選択肢がなかった息子達は、情緒不安定に怒ったり涙したりする私を見上げて、さぞ悲しかった事だったろうと申し訳なく思っています。

 主人とは、やはり住む世界が違ったのでした。子を成し、一時でも同じ暮らしの中で一つの道を手を取り歩んで来た伴侶でしたが、時々訪れる違和感は、塵のように積もり重なっていきました。私も彼を、思いやる事が出来ませんでした。最後の最後で、私は彼の手を離してしまいました。

 至らぬ妻、至らぬ嫁であったのは、自覚しているところです。それをだからと言って、今になって修復しよう、取り繕おうという気持ちには、しかし、なれませんでした。

 この先、息子達には、辛い想いを多くさせる事でしょう。重い選択をしたのだと私が再認識するのは、恐らくこれから、息子達が成長する過程で何十回、何千回とあることでしょう。その度に私は、繰り返し自分の人生を軌道修正していく必要があるのだと思います。選んだ道が間違いであったと後悔するのでは駄目なのです。勝ち負けを言い立てるのは少し変ですが、人は負け癖が付くと、負ける状況を自分自身が何かと理由をつけて正当化してしまいます。私の腕には、二人分の命と人生が乗っています。彼等が親を選べないのなら、その親こそが、彼等の幸福をいたずらに削ってはならないのでしょう。すでに、私は自分の傲慢で、息子達の世界を変えてしまいました。だからもうそれ以上、彼等の世界を曇らせてはならないのだと思います。

 不甲斐無い母です。本当に賢明でない母です。いじらしくも私を慕ってくれる息子達が不憫でなりません。

 ですが彼等には、私しか残されていないのです。

 もう、泣くのは止めました。

 新しい年が明けました。

 

 

 (1000文字雑記)

メロスよ、走れ!

 40歳の女が、泣いたのです。身長154センチ、体重48キロ、体脂肪率22パー、事務職パートタイマーの、どこにでも転がっている石ころみたいな地味な女が、夕方6時、薄暗いキッチンの片隅で、両目をショボショボ涙に濡らして、泣いたのです。そう、タマネギを刻んでいた訳ではありません。熱っされた鍋の蓋を触った訳ではありません。

 朗読『走れメロス』(太宰治作)を、ユーチューブで流しておる内に、胸がいっぱいになってしまったのでありました。

 国語の教科書に今でも掲載されているのでしょうか。

 「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。」から始まる物語です。木訥な牧人であり、熱血漢のメロス、猜疑心に凝り固まったディオニス王、メロスの無二の親友セリヌンティウスが織りなす、人を信じる事の尊さと難しさがテーマの人間模様。最初にこれに出会ったのは、やはり私は小学生の高学年でした。作中で綴られるメロスの独白や、クライマックスシーンでのオーバーな描写、ラストでの青春ドラマのような友人同士の抱擁に、子供ながら「気恥ずかしいなあ」と妙に居心地が悪くなったのを覚えています。

 「メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。」

 メロスが約束を果たす為に滑り込んできた処刑場で、彼と彼の友は、二人共に会えなかった時期、相手を心の中で裏切ってしまったことを白状します。その償いに、互いの頬を殴り合うのです。この時、少女だった頃の私は頭を抱えたものです。「いい年した大人が、やめてちょうだいよ、こっぱずかしいなあ」。

 それが、どうしたわけなんでしょうね。久しぶりに聴いた『走れメロス』、朗読するアナウンサーの方の口調が巧みであったせいもあるでしょうが、後半から終結に向けての一気に駆け下っていく流れが、じんじんと腹を打つような気がしたのです。

 特に、メロスが目の前の濁流を泳ぎ切り、不意に現れた暴徒達から逃げ切り、自分が殺される為に刑場へ走り込んでくる辺りで、40歳の私の涙腺は崩壊してしまいました。

 経験を繰り返して味覚が変化していくように、心もきっと、蜘蛛が綺麗な糸を紡いで四方へ張り巡らせていくのに似て、あらゆる感情が培われていくのかも知れません。

 「メロスは激怒した。」

 その冒頭に、心が吸い込まれます。

 

 

(1000文字雑記)