あかりの森's blog

7歳、3歳の怪獣達と楽天家シングルかーちゃんの雑記帳。主にのほほん、時々、真面目。

400枚目の私

 過去に、原稿用紙250枚程度の小説を書いた事があります。好きで始めた原稿執筆ですが、冒頭、初段、中盤、佳境、結末までをくぐっていくにつれ、ピタっと筆が止まる時が幾度もありました。書いている内に、言いたい事はそれじゃない、とか、表したい事を表現できる適切な言い回しが浮かばない、とか、そういう邪念のようなモノに、度々足止めを食らいました。

 素人のアマチャンがやっている事です、原稿書きに四苦八苦している事さえスランプと一人前に銘打てるものであったのかどうか。本職がありながら、世間的には趣味程度の事に頭を悩ませて呻いているのは、人様から見れば甚だおこがましい事ではありましたでしょう。

 この『あかりの森’s blog』を初めて8カ月が経とうとしています。それまでに書き連ねて来た雑記が、これで400枚目になりました。過去に遡って読み返せば、広げられている大風呂敷に赤面させられる事もあります。生真面目な事を、遠くの誰かに熱く語っている文面にも出会います。多くは家族の、そして子供達の生活と成長と、母としての私の未熟を嘆く文章と、母である事の喜びを綴る文章と、少しばかりの創作とが「あかりの森」を織り成しています。

 首も据わらなかった次男が、今では、どこにでも自分の足で歩いて向かっていくようになりました。甘えん坊だった長男が、弟の為にグッと我慢して唇を噛み締めるようになりました。「俺様、最高」だった主人が(気が向いた時だけ、ですが)台所で食器を洗ってくれるようになりました。私が育児休暇を終了して、仕事へ復帰し、社会とも繋がり、思う事も格段に増え、時に思い過ごしの悩みに振り回されて、時に嬉し涙を流したり、時に腹立たしい事で夜も眠れない想いを抱えたり、時に生きている事の当たり前であって決して当たり前でない有り難さにしんみりする折々に「あかりの森」の逞しくも若々しい樹々達は、新しい土を得て、輝くような雨を受けて、爽やかな陽射しに育まれて、すくすくと大きく成長してきました。

 思い描く事の半分も、きっと記してこれなかったと思います。あれも書こう、これも乗せよう、こういう想いも書き留めておこう、瞬時に決心する内容であったとしても、次々に私を通り過ぎる事件や出来事の鮮やかさ、衝撃、貴重さが見過ごせないものとして理解しながらも矢継ぎ早に押し寄せるのですから、結局は、感情の一片、感動の一部分しか拾い上げられませんでした。そう思うと、残念な気もしますし、煩雑に書き連ねなくて逆にスッキリ出来た面では良しとすべき事のようにも思います。

 1000記事、2000記事と新しい情報を発信し続ける凄まじい方もいらっしゃいます。そのバイタリティーや恐るべし、なのですが、私は土俵が違いますから、煽られても恥ずかしいだけです。雑記を細々と自分の為に記すのは、物忘れの激しい自分へのいわば「励まし」みたいなものですから、アクセス数や購読者の増減とはそもそも別次元にある類のものでありましょう。ただ、ノートにでも殴り書きしていれば良かったような駄文でも、こうして外部発信用のブログという物に掲載する事で、普段では絶対に繋がる事の出来なかった人との出会いや、考え方のやり取りや、意見の応酬を経験させていただいた事は実に有り難かったと実感します。

 一日、一記事、などと言う驚異的な事は出来ません。一読するだけで、読者の暮らしが豊かになる記事も書けません。ブログというツールの使用方法を、根本から履き違えているかも知れません。ではありますが、とにかく、書き出して、書き続けて、書き記して、書き溜めて、うすぼんやりと「自分」という者の輪郭が見えて来たようにも感じられるのは、間違いなくこの『あかりの森's blog』のお陰であります。

 文章を書く事が出来る自分で良かったと思います。文章を書ける状況にいられる事が良かったと思います。文章を書こうと思える事が、恵まれているんだと思います。

 身の周りの一通りの用事しか片付けられはしないけれども、身の周り3m範囲の事は私にとって掛け替えのない事物で構成されていますので、小さく慈しみ深い物事で溢れているのを私は嬉しく思っています。

 いつかは、必ず「書き終える日が来る」雑記帳『あかりの森's blog』も、今ある私の一部であるのは偽りない真実であります。終わりの日を考えて、打ち込む事に躊躇する必要はありませんが、終わりの日もやっぱり笑顔でありたいなあ、と希望するのは、たぶん、大それた願いではないはずですよね。

 40歳の私が、400枚目の雑記で、希望的観測を述べてみるのも、これは個人的で大切な「ぼんやりとした人生賛歌」なのですから、そんな私をさえ大目に見てくれている神様とか、家族とか、世間様とかが、顔突き合わせて私の周囲3メートル範囲に溢れているなんて、随分と素敵な事以外の何物でもないと思うんですよね。