あかりの森's blog

7歳、3歳の怪獣達と楽天家シングルかーちゃんの雑記帳。主にのほほん、時々、真面目。

One for all, All for one.

砂漠なんて

本当は

何処にもないんじゃないかと

思う出来事だった。

年の瀬の夕方。

子供二人を連れて

帰宅のバスに乗った。

兄の手を引き、

赤ん坊の乗ったベビーカーを

押して、北風の中、

私だけが、汗をかいていた。

 

一日遊び疲れた5歳児の兄が

運転席すぐうしろの

高い場所にある一人掛けに

座ると言い始めた。

幼い子供が腰掛けるには危険なので

その旨を伝えて

止めさせたものの

今度は

優先席に座りたいと

駄々をこねた。

車内は乗車率にして80%程度、

優先席も一人分、空いている。

私はベビーカーに片手を掛けたまま、

補助席に座っていたが、

ちょうどその向かいが優先席だったのだ。

出発前の車内は買い物帰りの人、

仕事帰りの人が主で、

連れ立って遊びから帰る人だの

仲良しの学生だのはいないようで

大勢乗っているのにひっそりとしている。

その中で、

不平そうな長男の甲高い声は、

殊によく響いた。

 

頑として

優先席に座ると言って主張を変えない彼に

私は、

「君は子供で、しかも健康で、その席に座る

権利はないのだ」

という事をこんこんと言って聞かせた。

確かに5歳の子には承服しかねる理屈であったろうと

思われる。

何度か意見の応酬があり、最後は

私もワントーン、声高になっていた。

 

発車時間が間近になった時、

一人の御婦人が、

長男の為に座席を移動してくれた。

私は彼女に頭を下げ、

ビックリしたような長男は

やがて照れ臭そうに

「ありがとう」と

呟いた。

 

発車したバスの中で、

5歳の兄は非常に饒舌で、

壊れたラジオのように

次から次へと愉快な事ばかりを

しゃべり続けた。

ベビーカーに乗った次男は、

前の席のひじ掛けに

まるまっちい手を掛けて

必死に引き寄せようとしていた。

 

二人の怪獣を

体よくあやす私は、

乗り物に乗って運ばれていると言うのに、

大荷物を背負って全力疾走している

ほどには疲労していたと思う。

 

やがて、

目的の停留所に到着し、

降車しようとした時、

ベビーカーが前の降車口から降りられなかった。

通路に置かれたよその人の荷物と

何よりベビーカーの幅が原因だった。

汗がどっと噴き出して

進退出来ずにいると、

運転手が、バックミラー越しに

「後ろからどうぞ」

と、頷いて、乗車口を開けてくれた。

 

思わず、

自分でもみっともないくらい

大きな声で

「有難うございます」

と叫んでいた。

 

もたつく兄を、

私のがっちりした尻で押し除け、

ベビーカーをバックさせる。

開け放たれた乗車口に引きずっていく重い車。

5歳児には母への思いやりはあっても、

まだ知恵も力もない。

赤ん坊と荷物を積み込んだベビーカーを

うんうん言いながら持ち上げていると、

奥の座席から女性が立ち上がり、

「段差に気を付けて」とか

「前を持てばいいのかしら」と言いながら

ベビーカー下しを手伝ってくれたのだ。

私はまたバカでかい声で

「有難うございます」

と叫んでいた。

 

ふと見れば、

バスの中の人々が、

こちらを見下ろしてニコニコ笑っている。

ある人は、

ヨタヨタと頼りなく重荷を運ぶ私達を

心配そうに覗き見ている。

 

「お気を付けてね」

助けてくれた女性は去り際に頷き、

ぼんやりとバスを見上げる長男にも

手を振ってくれた。

 

「有難うございました」

私はまるで、

部活の先輩か顧問の先生にお辞儀をするみたいに

直角のお辞儀をし、

発車するバスを見送った。

窓に並んだ親切そうな人々の顔。

嬉しそうな長男へ、

遠ざかっていくまで手を振り返してくれていた人達。

 

背中に湧いていた汗は

すっかり冷えてひんやりしていたけれど、

さっきまでこわばっていた私の全身は

ふわふわと別の物にでもなったように

軽かった。

 

子育ては、時に孤独で、

飲み込めない辛さを

突き付けて来る物かも知れないけれど、

人の好意の勿体なさを

肌身で感じさせてくれる

貴重なきっかけに成り得るのかも知れない。

 

帰り路の横断歩道を渡る長男は、

最近、急にがっちりしだした手の平で

私の手を取りながら、

何度も何度も私に体当たりしてきた。

 

「みんな、バイバイしてくれてたよ」

 

見知らぬ誰か、

どこの何者とも知れぬ誰かへ、

温かい手を差し伸べてくれた

通りすがりの人々。

 

砂漠なんて

何処にもない。

 

人という存在の中に、

生まれながらの泉が

ある。

 

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