大根役者の謝罪
上手く演じる必要はないんだよ。
嫌な事は嫌って言えばいいんだ。
痛かったり、
損したり、
傷つけられたりしたら、
そういうのは好きじゃないって
相手に伝えていいんだよ。
「ごめんね」と謝られても
納得して受け入れられないなら
「いいよ」なんて
返事をしなくていい。
綺麗な事に憧れる大人は
君達に
見栄えの良い劇を演じる事を期待する。
「ごめんね」「いいよ」で、
元通りに修復する理想を
君達の世界に夢見るんだよね。
でもね、
心や体がキュッと悲鳴を上げた時、
不満をきちんと漏らすのが普通だし、
険悪になった原因を探して解決する方が
再び事故が起きるのを防げるし、
何よりも、
「人らしい」と思うんだ。
「ごめんね」「いいよ」は
事故を帳消しにする便利な演劇であっては
いけないと思うんだよね。
謝っても取り返しがつかない事があるんだ、と
悲しい驚きに出会うのも大事。
失った物を悔やんで、もう二度とするまい、と
心に刻むのも大事。
その上で、
自分の気持ちと相手の誠意とを
きちんと受け入れて
「ごめんね」「いいよ」が出来たとしたら
二人はずっとフェアな友達であれると思う。
台無しになる事の重さ
赦しを得る事の有り難さ
それを知る名も無い大根役者で
いればいいよね。