ヒステリック・アルチザン
中学2年生の春。大阪から和歌山に引っ越す折に、習っていたピアノ教室を辞めました。保育園の年長さんから続けていた習い事。きっかけはよくある話、友達がピアノに通っていたから。当然途中で辞めたくなって、根気もやる気も起きなくなりました。幼い頃の私は府営住宅に住んでいたので、家にピアノを置くスペースはありませんでした。それでも教育熱心な母は習い事に関して糸目を付けない人でありましたので、共働きの苦しい家計の中から高級な鍵盤楽器を購入してくれたのでした。先に述べたように、買いはしたもののそのような大型楽器を据える場所は我が家には無く、ほど近い母の実家の離れにその楽器を設置する事になりました。当時、母の実家には母の弟夫婦、その子等が祖父母と同居していましたので、私は気まずいながらもピアノ練習の為にそこへ通わなくてはなりませんでした。当たり前の事ですが、子供の事です、父と母が昼間、就労の為に不在である中、例え近しい親戚の家とは言え、別の家庭に置かれた楽器を触りに行きたいとは思えるはずはありません。練習が億劫になれば技術も上達しないわけで、上達しなければ、毎週のようにピアノの先生に叱られます。先生だとて、私がピアノを習いに来るくらいの子であるのだから、まさか私の「自宅」にピアノが存在していないとは思いませんでしょう。何度注意を受けても上達しない私に業を煮やした相手が、ある日、イライラした声で詰め寄って来ました。「練習して来ないと上手くならないよ、家にピアノ、あるんでしょう!」金切り声に委縮し、泣きながら私は答えたモノです。「ピアノは(自宅には)ありません」
その時の、先生の凍り付いた顔ったら。
「言ってはならない一言を言ってしまった」表情というか「触ってはならぬ領域に踏み込んだ」みたいな怯えた眼差しで、彼女は固まりました。
「……そ、そうなの」
今になってみれば解ります。もう、大人として、先生の頭の中ではグルングルンあらゆる感情が渦巻いていたのでしょうね。貧しい中でピアノ教室に通う私(と、先生が想像したとして)へ暴言を吐いてしまったかも知れないという懺悔。激昂したとは言え、生徒へ向けられた叱責内容に、近いうちにクレームが入るのではないかと言う恐怖。気の毒な事をしてしまったのは、私の方であったろうと考えます。さぞかし、ショックでしたでしょうねえ、先生が、です。
というような事があったりしたピアノレッスン。ダラダラと日ばかりが過ぎて上達のしようもありません。辞めたい気持ちがあったのは随分以前からなのですが「一度、始めた事は途中で投げ出すものじゃない」という母の信念により、引っ越しという契機が訪れた中学2年生まで「形だけ」私はピアノを習っていた(ことになっている)のでした。お陰様で、音楽に対してアレルギーは起こりませんし、カラオケも上手ではないですがそれなりに音程を外さずこなせますし、子供を寝かし付ける子守唄で苦情が出た事はございません。やぶれかぶれのナニでございますが、芸は身を助く、これは真実。
一方で真面目に音と向き合ってきた人は私にとって尊敬に値します。耳で聴きとった音階をそのままギターの弦で爪弾く事が出来るとか、鍵盤の上にサラサラと指を滑らせて一曲を作り上げてしまうとか、もう神業かと驚くばかりです。キャッチ―なメロディーが、例えばラジオから流れて来て聞き惚れる、CMに使われていた音楽に心奪われる。言葉の通じない人同士でも音楽を通じて会話出来るその羨ましさ。いいな、凄いな、と何の捻りもない感動の気持ちで胸が一杯になるのです。
最初に聴き入ったのがメロディーだとして、次にその楽曲が心の底にきちんと沈んでくるのはメロディーにくるまれた魅力的な歌詞が自分の中の何かと共鳴した時なんですよね。曲ありきで後から歌詞を書く方もいらっしゃるでしょうし、歌詞が揺るぎないものであったならそれに導かれるように音が流れ出して来るのでしょう。『もしもピアノが弾けたなら』ではないですが、想いの全てを歌にして誰かに届ける事が出来たなら、本当に本当に素晴らしい事だと常々思っております。
というような事を、一日のノルマを終えようとしているこの深夜に思い巡らしておりましてですね、即興で歌詞など書いてみました。
苦情は受け付けません。あしからず。
作成時間、7分。即興詩人もいいとこです。
「何度目かのベルを少し聴き取れるようになったから
同じ事の繰り返しに慣らされた僕らにもちょっと進む未来
すり減らして来た魔法の幾つかは本気で見つけた物じゃなくて
ありきたりで有り難がって誰かにお勧めされて欲しくなった模型
転んだと思ってしょげてたけど
しゃがんだんだって気付いてみたら
見逃していた花の名前も
初めましてのすばらしさで出会えた
坂道を駆け下りた僕らの翼は
持て余しながらそれでも光ってて
震える声で叫びながらも
明日もずっとここからずっと
魔法が終わる鉛筆の先で
真っ白に塗られちゃ駄目だと言った君
生まれる痛みを熱に変えて
明日もきっとここからきっと」
(ちょっとポエムな応援歌風。これ、絶対、明日の朝読み返したらこっぱずかしくなるやつですよ)