あかりの森's blog

7歳、3歳の怪獣達と楽天家シングルかーちゃんの雑記帳。主にのほほん、時々、真面目。

そぞろに祭りと、浮かれてみれば。

 夏祭りなどと言うものは、大人だろうと子供だろうと浮かれて呆けて丁度良い物なんでありますよ。日が沈んだからと言って、一日中照り付けられていた地面や竪壁なんぞが急にヒンヤリ良い按配に冷える訳はありません。うつらうつらとしておったとしても、額にじわっと汗が滲むような暑苦しさなのです。少しほろ酔い加減で、大仰な仕草で団扇をバタバタやりながら、声高にべらんめえな話を弾ませるくらいが、丈に合っているように思われます。

 今日の夕方、次男の保育園で園と保護者会主催の夏祭りが催されました。在園児と卒園児(現1年生)、その保護者が対象のこじんまりとしたイベントです。それでも園内は大勢の人で賑わいました。それぞれの保育室は設えを変えて、ヨーヨー釣りや輪投げなどの会場として解放されています。開場と同時にすぐ子供達が列を成し、彼等に付き添う保護者が、蒸し暑い室内に汗を拭きふき、子供達が持ち返った「戦利品」の荷物係を仰せつかっておりました。それらしく飾られた廊下や会場前には浴衣姿の保育士方が交通整理をされており、会の無事を見守るべく笑顔を絶やさず、細やかな仕草で人波をさばいてらっしゃいます。我が家は、在園児である1歳次男が、父親である主人に抱かれた状態であっちを見回し、こっちを見回し、文字通り「雰囲気を楽しむ」のに始終してる様子で、主には来客である5歳長男が夏祭りの醍醐味を存分に味わっておるような次第でありました。

 保育園での開催ですので、酒とたばこは厳禁でした。仕事上りのその足で、子供の夏祭りに引っ張り回される主人こそは、誠に、切ないものであったろうと思います。夕飯に箸を付けるより、まずは駆けつけ3杯、といった彼であるので、まあ子供だましの露店ゴッコはさぞかし我慢のしどころであった事でしょう。むっつりと言葉少ない主人が、それでも黙々と余興に付き合っているのは一重に息子可愛さなのですから、ちょっとおかしいような可哀相なような気がしないでもありませんでした。

 園行事とは言いながら、浴衣や甚兵衛を着こなして誘導作業や保護者対応をしている先生方もご苦労な事でありました。しかしながら、普段、ジャージ姿やエプロン姿やTシャツ姿しか目にした事がないような先生方が思い思いの着こなしで、襟足美しく、裾捌きも爽やかに着物姿で立ち働いていらっしゃるのは、男女問わず、なかなかの眼の保養をさせていただいたと嬉しかったです。下世話な話をすれば、男性職員の方々の凛々しい事。女性職員程の人数はいらっしゃらないのですが、お若い方から古参の方まで、深みのある色あいの甚兵衛姿で、きびきびと振る舞っていらっしゃる様子は、当方、人妻ではありますが、実に色めいて見えるものであると惚れ惚れしました。冬のスキー場で恋に落ちる男女があると聞きます。白衣の医師は、実際の何倍もの魅力を感じさせると言います。そうなのです、コスチュームというのは、威力絶大なのであります。そうして、尋常ではない場所、シチュエーションでの「出会い」は、その色気をボンボン増幅させてしまうものなのです。いや、カッコ良かったです。

 ……話を戻しますが、お祭り騒ぎの楽しさは、まずは、浮かれた呆けた地に足が付いていない馬鹿馬鹿しさがまずは根っこにあるんですよね。日本には古くから「ハレ」と「ケ」という考え方があります。「ハレ」は「晴れ着」「晴れの場」の「ハレ」。「ケ」はそれと逆、つまり日常の平凡なそれらです。一部の「パーリーピーポー」を除いて大半の人々はケの日を、それこそ判で押したようにつつましやかに暮らしています。別に何でも無い日が落ち込む程つまらないというのではなくて、マメに細々と繋いでいくものこそが「日々の暮らし」の有り様なのだと思います。そしてそこに時々、パッと華を散らしたようなハレの日がある、そういう心躍るようなアクセントが働く人達の労をいたわるように生活を彩るのは、随分と素敵な事のように思うのですよね。

 夏祭りが底抜けに楽しいのも、お正月やクリスマスが妙に気をそぞろにさせるのも、私達が礼儀正しくきちんと毎日をこなしていっているからなんですよね。

 仕事を成し終えた後の晩酌が、五臓六腑に染み渡るのも、報告書を書き上げた後のコーヒーが格別であるのも、勉強を頑張った後の自分へのご褒美が待ち遠しかったのも、全部、皆が、皆の成すべき事を、誠実に成し終えたからなんですよね。

 だから、浮かれて呆けて丁度良いんです。だって「祭り」なんですからね。

 園児達だって、毎日、泣いて笑って、親の顔色見て、嫌いな物でも頑張って食べて、友達と喧嘩して仲直りして、暑い中でも先生の言う事を聴いて列を崩さずにお散歩して、汗をいっぱいかきながらお昼寝して、お父さんとお母さんの帰りを首を長くして待って、兄弟がいれば兄弟とも怒鳴り合って笑い合って、また、眠って、次の日には眠い目をこすりながら起きて、着替えて「いってきます」をして、懸命に懸命に。

 夏祭りは、そんな彼等の為にあるんですからね。今日、吊れたヨーヨーは水玉模様の紫色。この派手な色が、束の間の息子達の慰めになって思い出に変わって、これからの支えにきっとなるんですねえ。

 泣き虫も、怒りん坊も、寂しがり屋も、イヤイヤ坊主も、誰も彼も、騒いではしゃいで、それこそが夏祭りの本分ですよね。