あかりの森's blog

7歳、3歳の怪獣達と楽天家シングルかーちゃんの雑記帳。主にのほほん、時々、真面目。

かゆくなるカノン

 5歳児の語彙力がいかほどのものであるのか、侮っていたわけではありませんが、時々不意打ちを喰らって彼等の言い回しに笑い転げてしまう事があります。

 今朝、登園の為に次男を背負って、長男のお供をしながら、自宅のすぐ裏にある長男の保育園へ向かっておりました。徒歩の距離で8分程度でありますのでちょっとしたおしゃべりや、帰宅後の約束などを交わしながら登園しております。我が家は玄関先がすぐに大家さん(大地主様です)の畑に面しており、腰までのフェンスの向こうは広大な農耕地です。季節柄、緑豊かな環境もあり、玄関扉を開ければ薮蚊が数匹、瞬く間に寄って来るこの頃。出がけの支度をしていると子供達はあっちを刺され、こっちを刺され、可哀相な事になるのもしょっちゅう。蚊だとて生き物です、どうせ食すのなら「美味しいモノ(新鮮な若い血)」の方が良いという事なのでしょう。

 今日も今日とて、出発の準備を整えて、我々は「せーの」で玄関を飛び出ます。モタモタしていると次男などは「適度な的」になるので、急ぎ足で大きな道路へ走ります。長男は「蚊が飛んできたぞ、蚊が飛んできたぞ~」と茶化しながら身軽に逃げ去ります。ハンガリー民謡に小山章三氏が歌詞を付けた『蚊のカノン』という童謡です。耳にした事がある人も多いと思います。「蚊が飛んで来たぞ、蚊が飛んで来たぞ、刺される前に潰してしまえ、そらまた来たぞ、蚊が飛んで来た」というちょっと戦闘的な童謡です。

 出家して解脱された高僧であるのならともかく、好き好んで蚊に刺されてやろうという奇特な人は少ない事でありましょう。合理的な歌詞ではあるものの、子供の口から、元気はつらつ「潰してしまえ」という文言は、何となく聞きたくないようにも思えました。通園路で楽しそうに歩いている息子が、大きな青いリュックを背負って大きな声で「刺される前に~」まで歌ったところで、私は内心「ああ……」と残念に思っておりました。ところが、次に続いた息子の歌に思わず、笑ってしまったのです。

 「刺される前に~虫よけスプレーしようっ、そりゃそうだよね~」。

 何それ、新しい。しかも、フレーズが物凄く収まりが悪い、悪すぎます。刺される前に「虫よけスプレー」ならまだ辛うじて字数が悪くもないです。「しようっ」まで突っ込んだものですから、字余りも甚だしい。しかもその後の「そりゃそうだよね~」の「本文に対する回答文」みたいなものはいったい何であるのか。それがミュージカル仕立てでご丁寧に節まで付いてありましたので、突っ込みどころしかないのです。

 「何なの、それ」と素直に疑問を彼にぶつけて見ると、息子は「へ?」と笑って、また「蚊が飛んで来たぞ~」と冒頭から歌い始めます。明らかに面白がっているのは解りますので、彼も自分が口ずさんでいる語句の大まかな意味は理解しているのでしょう。「刺される前に、虫よけスプレーしようっ」で私を振り返り、「そりゃそうだよね~」と首をちょっとかしげてご機嫌な様子。

 結局は、何故「虫よけスプレーであるのか」は謎に包まれたまま、「そりゃそうだよね~」が誰の感想文であったのかの真相は語られないまま、彼の保育園に到着したのでありました。

 5年前までは、ただ、泣いて、飲んで、出して、眠るだけで精一杯だった人が、日本語をしゃべって、なおかつその言葉を面白がって大人と対等に感情のやり取りをして、すくすくと育って、毎日泥だらけになって機嫌良く帰ってくるだなんて、あれこれもう不思議な事だらけで、私の日常はパンパンになっていくようです。何が面白いか、ちゃんと分かっている事の凄さ、どういう表情をすれば相手が喜んでくれるか、知っている事の凄さ、私は何一つ教えたつもりはない事ですのに、彼はきっちり身に付けております。隅に置けない人であります。

 次男は次男で、置きっぱなしにしてあった親のスマートフォンを見つけては、重そうに片手で持ち上げて、空いた方の手の指でせっせと画面を擦っております。いわゆる「タップ」をしておるようなのですよ。時々、ベタっと頬っぺたに押し当てたりして、うーうーと声を発しております。どうやら「それ」が「誰か」と「話すための何か」であるというのが解っているんですね。専ら、どんな物とでも会話を楽しめる「凄いモノ」というくくりであるのでしょう。大したものです。お化けとも、宇宙人とも、動物ともお話できる便利な平たいモノを、脂ぎったネチョネチョの小さい手で握り締めながら笑っております。

 これはボヤボヤしておれないと思い知らされました。大人の想像力の何と粗末で幼稚で広がりのない事でしょうか。どこにでもいかようにもいつであっても彼等の「面白さ」は膨張していくんですよね。

 ああ、まいったなあ、ぼんやりしているのが、もったいないんですよ。