夢と希望で膨らんで。
6月最後の金曜日は日差しに恵まれた風の強い一日になりそうです。子供達が起き出してくる前、早朝のベランダから東の空を見上げると明るい橙色と透き通った浅葱色が薄紫色の雲に区切られながら天空いっぱいに広がっていました。
日が昇ってからはカッと強い陽光に炙られて、洗濯物が竿に掛けられていく端からパリパリと音を立てて乾いていくようです。梅雨空に泣かされた大物のシーツ、布団カバー、タオルケットも出勤時間とにらめっこしながらまんまと干してやりました。なんたる達成感、最高です。
通勤途中には、街路樹や近隣の植木がこしらえる大きな影を選びながら歩きます。時々強風に煽られながら、燦々とした照り付けを避けて通りますが、私のマストアイテムであるハンチングも、油断すれば吹き飛びそうな突風(元々が狩猟用であるハンチングは帽子の中でも風には強い方なのですけれど)。日付を跨げば、明後日から7月。まだ木陰にはいささかの涼味が感じられるここ数日とは違い、いよいよ「夏」が始まります。この吹き抜けるぬるい風さえ有り難く感じられるような本番の「夏」が、そう、始まるんですよね。
「こんな暑い日には、パン生地がきっとよく膨らむよな」。気温が上がる頃に、しばしば私が思う事です。私の前職は専門学校で製パン技術を教える技術職員でありました(製パン=パンを作る事)。イーストを始めとした酵母を使用して大型ミキサーと業務用機器で製パンをしていたわけですが、最終的には製パンとは「人がいかに酵母の働きを上手に助けてやるか」を課題に取り組む事に集約されます。酵母も生き物です。栄養と水分と温度で活発に活動し、その過程で人に有益な物を生み出したりしています。菓子作りとはまた違った面白みがあり、何より、嗜好品である菓子よりも主食であるパンはかなり我々の生活に密着しています。「一口食べて「旨い」と言われるパンよりも「もうちょっと食べたいな」と飽きずに食べられるパンを目指したい」。そう呟いていた先輩の言葉が今は少し懐かしい私であります。
本格的な機械が無くても、パンは焼けます。ボウルに生地を捏ねて、まとめて袋を被せておいて(乾燥を防ぐ為)、発酵するのをじっくり待ってやる間にトマトソースを仕込んでタマネギやピーマンを切って置き、膨らんできた生地を伸ばしてソースと具材を乗せて焼けば、ピザが簡単に作れます。オーブンは無くても大丈夫、トースターがあれば十分です。出前を取れば2000円は軽く取られるピザですが、ハンドメイドはリーズナブルです。何より、自分で捏ねた生地が、ふくふくと膨らんで、育っていくのを見るのはとても愛おしいものです。
とは言うものの、私は自宅でパンを焼いた事がまだ数度しかありません。理由は簡単、小さなキッチンが粉まみれになるから。そうなのです、小麦粉は、思いの外、拡散力があるのです。しかも布巾で拭き取っても後から後から浮いてくるという。
なので、夢想しているんですよね。「子供パン教室を、青空教室仕立てで開催したら楽しいだろうなあ」と。少人数制で、親子参加型。「あんよ」が出来るのなら、赤ちゃんだって参加可能です。粉と水とほんの少しの酵母と塩と、こねこね、こねこね楽しくこね回して、最初ベタベタだったパン生地が、最後には手にもくっつかなくまとまって、温かい太陽の下で、じっくりじっくり膨らんでいくのを見守る。これ、私の中では「楽しさ」しかないように思えるんです。
物作りは、楽しさだけしか残らなくて良いんです。充実感しか残らなくて良いんです。食べ物の不思議を学んだ後は、自分の作った物、お父さんやお母さんが作ってくれた物を大切に大切に味わって欲しいと思います。
「発酵種」と呼ばれる予備発酵させたパン種を使用して作られるライ麦パンも、本捏ねから焼成までが短くて比較的作りやすいパンでもあります(ただし、パン種の仕込みは入り組んでおり、コツが少々必要です)。短時間で勝負する「青空パン教室」では有力な作成候補です。独特の酸味が苦手な人が多いライ麦パンも、実はサンドウィッチにすれば、とても美味しい事をたくさんの人に知ってもらいたいですね。日本のお米、白米や玄米だとて、それだけ単体では食卓に上らないです。パンの文化ではない日本だからこそ、美味しい食べ方を勉強して驚いてみても良いんですよ。ご飯に海苔や鮭や納豆が抜群の相性であるように、ライ麦パンに欠かせない燻製肉や乳製品があります。ライ麦が栽培される土地というのは実は寒冷地が多いんですよね。小麦が育ちにくい土壌であるからライ麦を主原料としたパンが作られるのです。米が育ちにくかった土地で、蕎麦が代替え作物として栽培されて来た日本にも当てはまる事ですね。今でいう蕎麦処では実はそのような事情があったらしいです(現在では品種改良により状況は一変しております)。
「夢と希望で膨らませるパン」、ちょっとそういう活動が現実出来たら、面白いんじゃあないかしら、と一人、笑いを催したりして。
それにしても、今日は本当に素晴らしいお天気です。長男と自転車に乗って、どこまでもどこまでも走り抜けたら、絶対、気持ちが良いはずです。さて、もうひと踏ん張り、母は頑張りますぞ。今日と言う日が終わるまで、前を向いて、腕振って!