富岳
買い物帰りの
上り坂。
息を切らし頂上に立つと
こちらへ向けて
シャッターを切る
御婦人に気が付いた。
思わず
背後を振り返り、
広がる空に私は見入る。
「何か良い物でもありましたか」
思い切って尋ねてみた。
ややあって
彼女は無言で
またシャッターを切った。
ご趣味なんですか、とか、
お近くの方ですか、とか、
不躾な質問が、
喉の奥で潰れて消えた。
諦め顔に苦笑を乗せて
行き過ぎようとした私に、
「どうにも上手く撮れなくて」
涼やかな御婦人の声が返って来た。
彼女の視線をたどっていけば
そこには青く霞んだ山々の稜線。
濃く、薄く、茫洋とした奥行の中央に、
凛然たる富士山の影。
「この辺りでここが一番、よく見えるんです」
頷くような会釈を一つ、
御婦人は去って行った。
私も慌ててカメラを取り出し、
何枚か撮ってはみたものの、
折悪く逆光で、とても良い画が撮れなかった。
でも。
とっておきの
秘密の場所。
大切な風景をこっそり切り取って
私に紹介してくれた彼女。
キラリキラリと
北風は踊り、
私は「今日」に
シャッターを切った。